2005年12月31日

年末に

ついに、2005年最後の日。

それなりにいろいろありました。

今年の初めは、図書館の仕事でひ〜ひ〜言っていました^^;

それがどういうわけか教える仕事に就き、まだ残りはありますが、
ほぼ1年が過ぎようとしているわけです。

慣れたと思ったらまた不測の事態が発生し、の連続。まだ社会人としても
ぺーぺーの私です。

今年はいろいろな出会い、別れもありました。
個人的にはまあでもいい1年だったんじゃないか、と思います。

お世話になりました。
posted by いもちょも at 00:00| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ごあいさつ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大つごもり

おおみそか。

昨晩から来られていたお客人がお帰りになりました。

昼ごろお使いを頼まれ、趣味と実益を兼ねて、車で出かけてきました。
ちかくまで。

スーパーに行くと、人が多かったです。

お昼のMスバーガーをテイクアウトして帰りました。

お昼、漫才番組を見てげらげら笑っていたら晩になりレコード大賞などが
始まる時間になりました。

ところで、おおみそかの晩、何を召し上がります?

こちらでは、
赤貝の煮たのを食べます。

赤貝を食べると、帰って来たな、と感じます。
posted by いもちょも at 00:00| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 島根 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月30日

ネコ

昨年の末は、とにかく外に出かけていましたが、今度の年末は
ひたすら家でぐーたらしていました。

くっちゃね、くっちゃね。

太っただろうか(心配;)。

家で何をしていたかといいますと、

ネコを追っかけまわしていました。うちに1匹残る、ネコ。

呼び名は、ももちゃん


本名はモモンガです。

タヌキではありません、ネコです。多分。

知らない人が来るとこんなふうに



テーブルの下にいますが、テーブルクロスをピラッとあげると

はーっ

と威嚇してきますもうやだ〜(悲しい顔)

知らない人が来ると気配を消します。

用事があるときだけみゃんみゃん鳴いて、その他は無視です。

でもおもしろいのでついかまってしまいます。
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2005年12月29日

松江観光

腹もいっぱいになったところで、松江観光を。

とはいえ、去年松江に来た時にだいぶまわった(コタツ舟で堀川めぐりやら、
その周辺、小泉八雲記念館やら、塩見繩手の辺り、武家屋敷などなど)から、
あんまり残ってないのです;

とりあえず、そばやさんから少し歩いて一畑電鉄松江温泉駅にある足湯場で足湯を
してきました。
「松江しんじ湖温泉駅」周辺は、「松江温泉」といって、温泉が沸いています。

足をぽちゃんとつけて、ぬくぬく。
最初あつっと思ったのだけど、それほど私の足が冷たかったということでしょう。
すぐに慣れてしまいました。

ぬくぬくぬくぬくぬくぬく・・・
ぽかぽかわーい(嬉しい顔)

足も温かくなったところで、てくてく歩き、「末次神社」というところに
寄りました。「須衛都久神社」という漢字も当たっていました。
とても大きい神社というわけではありませんが、決して小さいというわけでもなく、
町にあるちょっとした神社という感じ。

「初詣」
というのぼりのあがっているところで「今年どうもありがとうございました」と
お礼を言うのも気が引けましたが、神様の前でうそはつけません^^;

ときに、この辺りの神社、「大社造」が多いです。
時代的にも多分古いものが多いんじゃないかと思いますが、大社さんのお膝元だから
でしょうか?



松江は、江戸時代松平が治めていた町で、それなりに歴史のありそうな建造物も
多いです。
ちょっと有名どころは確かに松江城とその近辺なのですが、ちょっとした路地
なんかに入ったら町屋風の建物が建っていたり・・。
歴史ありそうな和菓子屋さんやお酒やさん、茶舗なんかもあって、結構きれいです。
一通り観光を終えてしまった方、路地のあたりに入ってみるのもおすすめかも。

でまあ、てくてく駅のほうに歩いて、一畑百貨店なんかに寄って、家に帰りました。

その日の晩は、酒盛りでしたたらーっ(汗)
posted by いもちょも at 00:00| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 島根 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

そばを食べに

松江駅に着いたら昼過ぎ。
おなかがすいてきたのでそばを食べに行くことにしました。

やっぱりそばはこちらがおいしいのです。

しかし松江駅のあたりは特に何かあるわけでなく(田舎の特徴)、少し
市内に向かわなければなりません。

「島根県共通バスカード」という太っ腹なカードをすったもんだの末購入し、
100円バスで行くことにしました。

島根県庁の裏手辺りでバスを降り、目当てのそばやを探すと、少し路地を
入ったところにありました。

「十一軒」

(そばやを探す方、下を見てみてください。
http://www.city.matsue.shimane.jp/kankou/izumo_soba/index.htm

頭はそばでいっぱい。そばそばそば・・。

がらがらがら・・とはいると、片付けられていない器。
私たちが入ったからといって注文を取りにくるでも、テーブルを拭きにくるでも
ない。

どういうことだ・・がく〜(落胆した顔)

どうやら、ほぼおばあさんひとりでしている店のようで、助けている?おじ(い)さんは
出前か何かに行ってしまった様子。
また出てそばや探すのもしんどいし、結局そこでしばらく待っていました。

するとおばあさん厨房から、
「なににされー?」

いきなり注文;

メニューを開いていろいろ考えた末、
割りごそばと、山かけそば(温)を頼むことに。

「すみませーん」

・・・・し〜ん。

そばを食いたい一心で、厨房のところにかかっている暖簾をあげ、

「すみません、割りごそばと山かけそばください」

「山かけそばと、・・おやこどん?」

もうやだ〜(悲しい顔)そ・ば・が・食いたいの。

「山かけそばと、割りご、です。」

「はーい。」

なんなんだ、この店は;

ーしばらく後、またおばあさん登場。

「そちらさんはぁ、山かけそばとカツどん大盛だったかいねえ?」

もうやだ〜(悲しい顔)そばだってばあ。
「山かけそばと、わりごです、わりご(T_T)」

「わりごだったかいね(笑)」

「は、ははったらーっ(汗)

おばあちゃん、そば作りたくない、もしかしてえ?(T_T)

ブツが出てくるまでひやひやものでしたが、ちゃんと、山かけそばと
わりごそばが出てきました。

さて、お味は、といえば、とてもおいしかったです。
しっかりした麺に、甘辛いつゆ。
好き嫌いはあるかもしれないけれど、私は好きです。おいしかった。
わーい(嬉しい顔) 満足。

おばあちゃん、いつまでも元気でがんばってね^^;
posted by いもちょも at 00:00| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 島根 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

松江へ

29日、松江へ向かいました。

京都から松江・出雲市行きバスもあるのですが、私が行動をおこした時には
すでに満席だったので、今回は大阪からの便を利用しました。
朝8時30分発の高速バス。
臨時便ということで観光バス利用のため、トイレなし。
普通車内のトイレなどそう使わないけれど、「ない」といわれたらどきどきします。

ここのところずっと大雪だったといっていたので、バスがどうなるか不安でしたが、
発車。

朝早かったこともあり、休憩その1(安富PA)までぐーぐー寝ていました。

ぐーぐー寝ていたのでよくわかりませんでしたが(^^;)順調に進んでいるようでした。

安富PAでトイレ休憩を済ませた後、点呼され、出発、というとき、
備え付けのモニターがぶぃ〜〜んと降りてきました。
「観光バスだから」どうやらこういう暇つぶしグッズがあるらしく、そのうち
ビデオが始まりました。
SHV
・・・謎だ。

何が始まるんだろう・・?

「釣りバカ日誌」

・・・何もいうまい。

結局後半は「釣りバカ日誌」に釘付けになり;、寝られませんでした。

心配した雪は、道路にはなかったようで、安心しました。

ただ、途中休憩所2の蒜山(ひるぜん)のあたりは、相当積もっていました。
私の身長より高く積もってましたもん。

島根県に行くには中国道から米子道に入るのですが、その米子道がやはりすごい
雪でした。
まー、通るところが山だから;
高速道路から見下ろす人家のあたりも真っ白でした。

そのうち雪も減ったなーと思ったら、町に出て、私の母校Y高校;を横目で見ながら
しばらく行くと、松江です。

松江入り。

予定より少し早い到着でした。

心配していた天気もよく、さほど寒くもありませんでした。

そばくいに行くぞ。
posted by いもちょも at 00:00| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 島根 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月28日

明日から帰省

年末です。

明日から、島根へ帰省します。

寒かろう・・。

ー翻訳のもめごとで、今グループに属している旧友が
また応援してくれている模様。

こんな人の温かさがしみます。
ありがとう。

いろいろあったけど、今年が暮れようとしています。
posted by いもちょも at 22:46| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

12月28日

祝年賀状投函

エアメールもあるので、郵便局で切手を足して。

年々、エアメール年賀状が増えてくなあ。
posted by いもちょも at 22:43| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

12月25日

クリスマス。

ケーキを取りに京都四条に行きました。

実は、この前フジイダイマルに行って誕生日プレゼントを買ったとき
応募した、ケーキが当選していたのです。

ケーキはHARBSの。
大阪梅田にもお店はあって、一度行ったことはあるんだけど、ケーキが
おいしくて、大きくて。(まあ、高いんだけど)
フジイダイマルにあるというのは知っていたけどなかなか行きませんでした。
そこの「ストロベリーケーキ」があたると聞いて、まあ、選択肢に商品券が
あったので悩みはしたんだけど、そこで変に欲を出さずケーキにしたのが
勝因だったのかも。

ケーキをもらうのは一日の一番最後にして、いろいろその辺の店に入ったり
していました。
人多くて疲れちゃいましたが。
結局何も買わず、ケーキをもらいに行ったら店員さん。
「どうもありがとうございます♪」
なんて言われて、いえいえ、こちらこそ。恐縮です。

ワインを買って、鳥の照り焼きで和風のクリスマス;

そしてケーキ

じゃ〜〜ん。



15cmくらいのストロベリーケーキです。

食べたらほどよくあま〜い。イチゴも甘いよ(T_T)

・・・完食。

うまかった・・。
むふ。
posted by いもちょも at 14:59| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

12月24日A

友人宅を18時においとまし(実に4時間もお邪魔してたのね)、
ついでなので大阪でメシを食っていきました。

クリスマスイブなので人が多い!

特に人が少なそうだという予感があったわけではないけど、前行ったら
閉まっていた、ビールやさん
「KIRIN KELLER yamato」へ行きました。

おう、人少ない。
そうか、あんまりラブラブな雰囲気じゃないもんね、このお店。
雰囲気はいいし、店員さんも感じいいんだけど。

ここのビールがおいしいのだ。泡までおいしい。
そこでうだうだとご飯を食べました。
posted by いもちょも at 14:45| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

12月24日

楽しいことを書きたくて、日付さかのぼって書いていくことにしました。

12月24日、世間でいうクリスマスイブ。

私は、前々から誘っていただいていたお友達のおうちに伺いました。
お茶好きの方♪

お茶のお供を京都で購入後、電車に乗り、最寄の駅(神戸方面)へ。

京都に住んでいると大阪より西側にはなかなか行かない(いや、今年は行ったけど;)ので
なかなか新鮮。遠いなーと思っていたら、割と近かったです。

14時ころ友人宅到着。

身重のところお世話になるのもとても申し訳なかったのだけど、すっかり
お世話になっちゃいました;(不出来だ)

まず、お茶を出していただきました。中国茶。
「アジアのお茶時間」というところのお茶でした。
鳳凰単叢高山芝蘭香・・だったかな。
香りがよくて、味がすっきり?なんていうか。
いきなり、おいしいぃ〜。

初めは友人の用意してくださったお菓子とお茶を。
「桔梗堂」のわらび〜もち。

実は私わらびもちが好物でして;
といっても、あまり「おいしい!」ていうものにめぐり合ったこともなく、
食べていたんですが、このわらびもちは本当においしい!!
なんか言うのもおこがましいくらいに。
ふるふる感といい歯ざわりといい!
・・・すてき。
月並みですが、今まで食べた中で一番おいしかった、わらびもちでした。
(「桔梗堂」、季節限定の白玉しるこも目玉らしいですので、興味のある方は
検索してみてください)

次、お菓子は私の持ってったレアチーズケーキ。
こんなすてきなわらびもちのあとで恐縮だす。
「プレーンなものか、フルーツゼリー系がいいな」って言われてたのに、見事に
無視した選択。すいませんでした。

何のことはない、地元のお菓子屋さんのです。
ジュバンセルの「さがの路」

これにもお茶を出していただきました。
今度は、玉みたいのをお湯にいれると、ふわふわふわっと花になるような、
(なんのこっちゃ;)お茶でした。
おいしー。
これがまた、ケーキとあって。

で、最後はプーアール茶で〆。
これも、中国茶世界では常識(?)なのだそうです。
プーアール茶、見た目ぎょっとするくらい黒いのですが、飲んでみるとクセもなく。
・・いや、クセのないのを選んでくださったみたいなのですが、おいしかった♪

うーん奥が深い、中国茶。いろいろあるんだなあ。

途中、「東方美人」ていうその名も麗しいお茶をいただきました。
紅茶っぽい?でもおいしい。

紅茶て、いわゆる「tea」を思い浮かべるけど、「青茶、緑茶、紅茶・・・」と
中国茶にも種類があるみたいです(あやふや;)。
なるほど、茶葉の色なのね、ということが言いたくて。

ああ、おいしかった。

おなかにいる赤ちゃんのことも聞いたり、これからの人生設計を聞いて勉強に
なったり。途中KNTV見たり。
もてなしてもらってばっかりだったけど、
おなかも心もほっこりでした。

・・・中国茶、はまるかも(飲むの)。
 ん〜でも、茶器もかわいいのよね。
posted by いもちょも at 14:39| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月27日

終わった・・

翻訳グループのもめごと、結局代表による幕引きがされました。
結論は、私の要求を呑む、「名前と作品の削除」に応じるものでした。

代表の送ってきたメールと添付を見ると、

結局自分の都合の良いほうに論を引っ張り、
私を悪者にして、自分はさも皆のためにやりました、と言わんばかりの
内容でした。

メンバーへのやりとりは、今までメーリングリストで行われていました。
私が、私の意見を全て言ったところで、これ以上の泥沼を案じてか、家族が
メーリングリストから退会させ、一切のメールが入らないようになっていま
した。

家族には家族なりの、心配があったのでしょう・・。

しかし、その後意見を言ってくださった方もいらして、結果その方の意見まで
取り合わないことになったのは、心残りです。

代表のメールにはやはり勝手にメーリングリストを切ったことも槍玉にあがって
いました。というか、それが中心部分をなしていました。
「人の意見を聞かない」などなど。

いいよ、私はいくらでも悪者になるから。
そんなの、覚悟の上だったから。

でも、これで私以外の方に少なからず迷惑がかかったこと、家族、私を理解する、
と言ってくれたことによって結果その会から離れることになった大事な友人。

もう遅いけれど、償えるものなら償いたい。
posted by いもちょも at 15:50| 京都 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月26日

翻訳で

またもや、翻訳サークルのことです。

私は、私がずたぼろになってでも、守らなければならないものがあると
思っていました。それは、私にとって、数少ないどうしても譲れないものでした。

代表との話は思わぬところへ進み、結果みんなの前にその問題をさらけ出す
ことになり。そしてその結果いろいろな人を巻き込んでしまいました。

大抵の人は、その問題に関わってくることはなかったけれど、ただ一人、
堂々と、先生と反対する意見をいい、私を理解するという意見を言ってくれる
人がいました。

私はその友人の言葉に勇気をもらい、自分の意見を言っていました。

しかし、私に向けられていた矛先は、いつの間にかその友人の方に向き、まさか
その「代表」がそこまで落ちた人間だとも思っていなかった私も甘いけれど、
それよりも、結果的に、その友人を深く傷つけてしまうことになりました。

結局、その方は自らその会から身を引きました。私がそうさせたようなものだと
思いました。

自分がずたぼろになるのはある意味仕方のないことだけれど、それによって友人が
傷つけられ、会から退くことになるとは・・。

私が最初個人的に代表とやり取りをしていたのも、一番の理由は、人を巻き込みたく
ないからでした。まして、その友人を巻き込むのは、一番さけたい事態でした。

申し訳ない気持ちがいっぱいです。

私がこんなこと言わなければ、よい勉強の機会となったかもしれないのに。
私と関わっていなければ、「代表」である先生とこんなに仲たがいすることもなく、
円満にやっていかれたのであろうに。

私がそれを奪ってしまった。

あああああ・・・。
posted by いもちょも at 01:35| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月23日

スーパー銭湯に

今日クリスマス休暇1日目。
スーパー銭湯に行ってきました。

足伸ばしてつかって、気持ちよかったー。

すっかり暖まって帰ってきました。

ぽかぽか。
posted by いもちょも at 23:44| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

応援してくれた人がいた。

翻訳のことで、応援してくれた人がいました。

今会に属していて、とても勇気がいっただろうに。
そして、今ご自分がとても大変なときで、自分のことで
精一杯だろうに。

本当に、ありがたいことでした。

これから、どう転ぶかわかりません。

わかりませんが、私はこの方の言葉に、とても勇気づけられました。
posted by いもちょも at 23:42| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月22日

もめてもめて。

今、人ともめています。
実は、4月から夏ころまで通っていた学校の翻訳サークルみたいなのに所属していて、
翻訳活動をしていました。現在もサークル自体はあるのですが、私は短編25編を
訳した1作目の完成をメドに辞めてしまいました。
一応出版を目標に、ということだったのですが、出版社がつかず、自費印刷をして、
配布することになっていました。
ところが、それが今度出版社がつくことになり、ひょっとしたら出版になるかも?みたいな
話になっているのです。
別に出版自体に反対する権利はないのですが、私は自分の翻訳した作品に対して責任を
負うことができないという理由から、私の翻訳した3編と、名前の削除を代表である先生に
お願いしていました。

ところが、先生にお願いすると、私の名前は個人の意向で認めざるを得ないが、
作品の削除は認めないという、一見、??な答えが返ってきました。

代表が言うには、
「作品は会に帰属するもので、個人に帰属するものではない」
「私の訳した作品は担当者が私であるということだけで、私個人の作品であるという
わけではない」
ということでした。
作品が会に帰属するなんて初耳の話でしたし、私の訳したものが私の作品でないという
ことを、あまりにも当然のことのように言われ、情けなくなって、ぼろぼろぼろぼろ
泣いてしまいました。

そして、その先生が言うには、「名前を削除した時点で権利の放棄をしたものとする」
ということで、私の訳した作品はあるのに、そこに当然発生すべき権利は放棄したものと
するということも言われました。
私は、著作権料がほしくてこんなことを言っているのではないのですが、これは法律的に
どうなのかと思い、詳しい人に聞いたりもしていました。

先生の言うことは、先生の主張をしているだけで、「説明」がなく、会の合意もないのです。

私の「常識」とあまりにもかけはなれた主張に精神的に参ってしまい、ぐったりして
しまいました。

こうなると、でもやっぱりそんな先生と作業をしたという事実を消してしまいたい
気持ちになり、この先、私の翻訳した作品が先生の手柄になると思うとさらに嫌に
なってしまいました。
もちろん、大きな理由は私はもうその会とも、母体となっている学校とも関わって
いないので責任をとることができないというものです。
私は、たとえ人の手が入っているからといって、自分の翻訳したものには訳者が
責任を持つものだと思っているからです・・。

私は、「翻訳した作品は私の作品である」ということを主張しようと思います。
他のメンバーに迷惑をかけてしまうのが、とても不本意なのですが、やっぱり私は
自分の作品がかわいいのです・・。思い入れもあります。
これは、他のメンバーも同じだと信じたい気持ちもあります。

それを、代表本人は、1編しか訳していないのに、載っている作品は会のもので、
それに訳者の気持ちを挟む余地はない、といわれても、納得がいきません・・。

もしかして、これからもし(ほとんど可能性はありませんが)著作権料が発生したとき、
先生は1編しか訳してないから、そんなムシのいいこといってるんだろうか?
なんてうがった見方もしてしまっています。
そこに良心はないのでしょうか?

私間違ったこと、言ってるかな。
posted by いもちょも at 08:40| 京都 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月19日

誕生日おめでとう

今日、誕生パーティーをしました。
雪が降ったので、ホワイトバースデーです。

あ、私のではありません。

ケーキを四条のお店に取りに行って。
SECOND HOUSEというお店です。
http://www.secondhouse.co.jp/

cafeを利用したことはあったのですが、ケーキを持ち帰ったのは
初めて。クリームも甘すぎず、おいしかったです。
写真アップしようかと思ったけれど、部屋(汚い;)の背景を公開
したくなくてやめました;

SECOND HOUSEは、京町家風のcafeです。
パスタをしているお店もあります。

その後食事に行き、お祝いしました。

おめでとう!

昨日、友人からとてもおめでたいお知らせもいただきました。
本当に、おめでたい!!

お祝いできるって、本当に幸せです。
posted by いもちょも at 01:14| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月17日

先生って

先生業をして早1年が去ろうとしている。
2005年の授業は次が最後。まあ2006年1月、2月あたりにも何週間か
あり、実際はまだまだなんだけど。

先生をして、思った。

先生の社会的地位ってすごく高い。図書館や売店、事務なんかで、学生と
思われているうちは向こうが上からものを言っているけれど、ひとたび
先生とわかった瞬間、態度ががらりと変わる。
「大変申し訳ありませんでした」
なんて謝ってくる。
いや、別にいいんだけどね;みたいな・・。
私はそんな偉い人間でもないのでそんな態度をとられたら居心地悪くて仕方
ないんだけど、これに麻痺して「自分は偉いんだ」って誤解してしまう人も
多いんだろうな・・。

それに、先生は自分の都合で予定を組める。
試験をするっていったらできるし、自分の都合が悪かったら休講にもできる。
宿題を出そうが出すまいが自分の心しだい。自分がちょっと面倒くさければ
出さなくてもいいのだ。
そこにほかの人の意見が入り込む余地はない。
自分が決めなくては何も決まらないのだが、要するに、自分の都合で人を
動かせるのだ。

これに慣れてしまったら、きっと勘違いするんだろう。
人が自分の予定に合わせるもんだと。

私はまだこんなのに慣れないな。
posted by いもちょも at 17:39| 京都 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | お仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

伝統を守ること?

さむ〜い中、四条に髪を切りに行った。

四条の辺りは交通量が多い、その割りに道が狭い。
歩いていると至るところで
「プー」
とクラクションの音。そのたびにビクッとする。

一応歩道なるものはあるのだけど、自転車が走ると2人並んで歩くこともできない
狭いもので、さらには狭い四条通から狭い道へ右左折してくる車の恐怖も伴う。

教習所に通っていたとき、
「京都は牛馬の通っていた道に車を走らせているから無理がある」
なんて話を先生がしていたのを思い出す。

「京都は古い文化と新しい文化をうまく融合させている」
なんていうことがあるが、「牛馬の通っていた道に車を走らせている」
ことが「古い文化と新しい文化の融合」ではあるまいに。

古い文化を守るにはそれなりに覚悟がいるわけで、利便性を同時に求めることは
難しかろう。
「生活が・・」なんて言っていては、文化は守りにくいし、
「景観が・・」なんて言っていては便利な生活は望めまい。

要するにどちらかなのだ、牛馬の通っていた道を広げて車道・歩道を確保するか。
道はそのままで牛馬の通っていた道、古い建物を守るか。

どちらを選ぶかは住む人が選べばよいが、今の京都はあんまりにも中途半端。

クラクションの「プープー」鳴っている町にまた来たいと思う観光客はいるか?
人とすれ違うにも肩の触れ合う町を歩きたいと思うか?

夏に山陰の小京都といわれる津和野に行ってきたのだが、「小京都」のほうがいわゆる
「京都」のイメージにあっていたように感じた。
こじんまりとしてはいたけれど、古い町並みを残していて、とても心地よかった。
ゆったりとした時間が流れていた。
多分そこには津和野を守っていこうという、住民の気持ちがあったのだと思う。

私は、住民が景観より「生活」を選ぶのも仕方ないと思う。そこに住んでいる人は
生きていかなければならないから。
でもそれだったら、今みたいなどっちつかずの、子供だましのようなことはやめて
いただきたい・・。

私だったら、もう一度行きたいと思うところは京都でなく津和野。
posted by いもちょも at 01:02| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月15日

仰木彬監督が(T_T)

仰木彬監督が亡くなったそうです。
体調不良で監督をお辞めになったのですが、本当に本当に
悪くてらしたのですね・・。

残念です、こんなふうに、ひとりの人がこの世からいなくなること。
posted by いもちょも at 23:57| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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